今年は夏が遅くて短く、 一瞬で終わってしまっただけに残滓が強烈だ。 人間を殺すに足る気温と湿度で容赦なく照りつけていながら、 日差しにはどこか秋の気配があり風も涼しい。 ちょうど一年前の日記にカーテンを洗濯した旨が書かれていたので今年もやることにした。 強烈な直射日光が部屋に射し冷房を強めても暑い⋯⋯。 去年の記述でよくわからないのは半時間後に本番がはじまったと書かれていることだ。 区民祭りの花火は19時から30分間。 もしかしたら去年はその前の週にあった神社の花火大会と同日だったのかもしれない。 快晴つづきだったせいか斜向かいに高いマンションが建つ前だったからか、 毎週末の夜ごとにベランダから花火が見えていた去年に較べて、 どんよりして雨ばかりだった今年の夏はずいぶん寂しかった。 Phoebe Bridgersの新譜を聴いた。 『GONZO』 を書いていた頃を思い出す。 あの本もおれをどこへも連れて行ってくれなかった。 29歳から30歳にかけて、 実家から脱出する過程で書いた 『Pの刺激』 は第13回のホラ大で最終候補。 39歳から40歳にかけて書いた 『血と言葉』 は気色悪いゴミなのに、 おれが書いたものでは金になった部類でたしか25万稼いだ (大半は広告費としてGoogleやAmazonやMetaに巻き上げられた)。 49歳から50歳にかけて、 前のアパートからいまのマンションへ越して書いた 『Cloud9』 は第13回のどっかのミステリ大賞で一次落ち。 そう考えると年々、 巧くなるにつれて他人の評価から遠ざかる感じがする。
JPROへの登録がAmazonに反映されたはいいが、 書影として裏表紙が表示された。 出版申請がまだなんで左開きの本と思われたのか。 いや⋯⋯そんなはずはない。 書影として表紙を、 その他画像として裏表紙を登録したはずだ。 あるいは書名の意図的な表記ブレのせいか。 Amazonにリジェクトされる可能性があるが表紙画像を修正するつもりはない。 これはこのようでなければならない。 利用している業者はAmazonPOD抜きには出版させてくれない。 となるとこのISBNは廃番にせざるを得ないかもしれないし、 見本として出版した2冊だけが存在する本になるかもしれない。 AmazonはAIで検閲をし、 表示機会を抑制したり商品を削除したりそもそもの出版を妨げたりしている。 文化的な多様性は売りにくさにつながるからだ。 そのことをわかっていないやつがあまりにもあまりにも多すぎる。 出版できなくなるリスクと天秤にかけ、 書誌情報を大文字で統一した。 著者セントラルを通じてAmazonに苦情をいったらしれっと直して 「何か問題でも? 関係ないんでうちに言われても困るんですけど」 といってきやがった。 あいつらいつもそうなんだよな、 業腹だが直してはもらえたんだから呑み込むしかない。 書誌情報を大文字に変更する必要はなかったようだが保険をかける意味でそのままにする。 プリントオンデマンドって十年前と値段が変わらないから相対的に安くなったよな。 いつかは値上がりするだろうけれど、 いちど価格が決まって表紙データが確定した本については変えられない。 Amazonが価格差を吸収するわけはないから仲介業者がかぶることになるし、 そんな体力は業者にはない。 ってことは当然、 建前上ないとされてきたプリントオンデマンドの絶版が現実になるわけだ。
国際刑事裁判所への弾圧を人ごとに感じてるやつは全員救いようのないばかだ。 ものを考えたり書いたりする道具を企業に依存せざるを得ない現状をおれはずっと危険に感じてきた。 だから四半世紀前にはLinuxで書いていたし、 いまはGmaiから脱却するためにメールサーバを、 ブログサービスやモールから脱却するために自力でWooCommerceを (これはこれで年々懸念が増してきているが)、 ソーシャルメディアから脱するためにMastodonサーバを自力で建てた。 メールサーバとMastodonを建てepubを配布するのは民主主義の基板として最低限だと思っている。 Kindleなんてのは焚書を意味する名称のサービスだぞ。 都合の悪いものは片っ端から消されちまうし、 世界に火を放って焼け野原にしておいてから値段をつり上げるのだってお手の物。 そんなものを無邪気に信じるってどういう神経? みんなお人好しすぎやしまいか、 侵略戦争に翼賛したかつての日本人みたいに。 おれの勤め先にしたって親会社は給与システムにAWS使ってるし個人情報を扱う会社なのにCopilot推奨。 法を出し抜いて稼ぐのが第一義の米国ビッグテックをなんでそんなにあっさり信用しちまうのよ。 国内有数のテック企業ですらそれだけ危機管理意識がザルなんだから (誤解のないように強調しておくとおれはきわめて小さなグループ企業の非正規雇用で年収は200万)、 大半の日本人は悪意と暴力の前で大の字になって腹を見せて平気なんだろう。 出版業界もずいぶん前から醜聞ばかりでとっくに信用できなくなっている。 もう民主主義を下支えする業種としては機能していないんだよ、 テクノファシズムのお先棒担ぎでしかない。 これからは自宅のプリンタやepubで地下出版し、 人づてにまわし読みするしかない。 そのうちみかじめ料を支払わないと自分の体さえ思うままにならない時代がきっと来るぜ、 魂のほうはすでに支配されてるみたいだけどな。 そういえば自主出版ブームの頃、 これからは縦読み漫画だと煽っていた連中をばかだといったらばか扱いされたんだけど、 やっぱりおまえらのほうがばかだったじゃないか。 おれにしても四半世紀前の警戒心が薄れて、 いまじゃすっかりAppleに全パスワードを預けている⋯⋯制裁を食らったらどこにもログインできなくなるわけだ。 出版手段には仲介業者を通じてAmazonPODを使っていて、 これはいずれ販路を直販に限定して別の業者に乗り換えるつもりだけれど、 書いて出版する道具はAppleとAdobeに頼らざるを得ない。 Linuxは日本語環境が使い物にならないからだ。 四半世紀前より多少はよくなっているようだが使い物になる水準ではないし、 その歳月に見合うような進歩ではなかった。 Linuxの日本語アプリに取り組んだ企業はみんな商売にならず撤退した。 技術者はだれも日本語にまともに向き合おうとしない。 縦書きなくせとか英語でいいだろなんて抜かす (実際に見聞きした言葉だ)。 ウェブや電子書籍の縦書きが実現したのは日本語話者ですらないイラン系米国人のおかげだ。 おれらユーザは日本語を人質に取られている。
おれは日本のセルフパブリッシング黎明期からだれもやっていないことを率先してやってきた。 ただし、 かかる金の規模が大きくなることはやっていない。 校正校閲の外注も検討したが中篇でも破産する額になるのであきらめた。 複数の著者が互いにボランティアでやる案も検討したが本来高くつく専門的な技能をケチるとそれなりの結果にしかならないことがわかった (幼稚園レベルの国語力しかないくせに他人の誤りを冷笑したいやつが群がってくる)。 まして翻訳なんて望めない。 AIにやらせるという考えはない。 これもまた、 本来それなりの対価が支払われるべき専門的な技能と経験をケチるとそれなりの結果にしかならない。 おれの言葉をもっともらしい機械的なでたらめに塗り替えられたくない。 そんなことをやらせるくらいなら最初からAIに書かせりゃいい、 どうせ読むのもAIなんだから。 そして実際セルフパブリッシングの主流はいまやそっちだ。 WordPressだってnoteだってみんなAI
あしたには見本が届く。 郵便局の営業時間に間に合えばレターパックプラスで柳楽先生となむさんに送付する。 カーテンを干したら急に日が陰って雨が降りはじめた。 そういえば出版申請前にJPROを通じてAmazonに書誌情報が行ってしまうと商品ページが別に生成されていま表示されているページからは実際には買えなくなるんじゃなかったっけ? うまくいかないなぁ。
