花火大会決行を報せる花火。 区民祭りの日だと思い出した。 だから休みを取ったのだ。 ってことは河畔公園が閉鎖されていて走れない。 毎年、 区民祭りの翌日から急に秋になるんだよな。 今年は夏がなかった。 6月からずっと暗い雨期で、 ただむやみに気温と湿度が高かっただけだ。 来日公演のあたりを書いていて楽しかった去年と、 これだけの労作が黙殺された今年は何もかもが正反対だ。 先週は別の花火を見た。 一時間残業して帰りに百均で紙皿を買おうとしたら複合商業施設は商品に白布をかけたり消灯したりしていて、 イヤフォンを外すと閉店のアナウンス。 エスカレータをばかみたいに三階で引き返した。 表に出ると爆撃のような音、 映画の舞台にもなったペデストリアンデッキに携帯を掲げたひとびとがちらほら。 駅前広場が満開の花火に照らされる。 手すりにもたれてしばし観賞、 音を聞きながらコンビニで紙皿と、 ええい奮発だ、 冷やし中華を買う (ここ半年ほど食パンと冷凍うどんばかりで、 おかげで引っ越しの痛手から恢復できた)。 終わりに近づく音にそわそわしながら自室のカーテンを開けると向かいのスポーツ用品店の屋上でも花火鑑賞をする人影。 冷やし中華を啜りながらフィナーレを眺めた。 近所で二回ある花火大会の、 なぜか毎年見られるほうは商工会議所がやっている河畔公園の区民祭り。 早いほうはたまに遠くまで散歩する方向にある神社のお祭りで、 お盆の開催だった。 だから多くの年は見逃していたのだ。 20年も暮らしているのに知らなかった。 来年は休みをとって縁日を楽しもう。 いや⋯⋯人生でお祭りの屋台を楽しんだことなんてほとんどないや。
The Beatlesの関連資料はさすがにもう片付けていいだろ。 出版社に認められることもなかったし、 無駄骨の2年間だったな。 これだけの手間と労力を費やして、 それで何ひとつ見返りはないんだもんなぁ。 世間じゃだれでも手軽に! みたいなのが何かいいことだと思われて、 スマホで5分でささっとやりました! とかAIにやらせました! なんて連中が大喝采を浴びている。 マット・マレンウェッグのいう 「出版の民主化」 とはAI
きのうは皮膚科に行った。 皮膚科の待合室でスターリンクのCMを見た。 「インターネットがつながりやすくなるんだって!」 「やったー!」 なんて親子が笑顔で夜空を見上げるやつだ。 知識と想像力に欠けるというのは怖ろしいことだなと思った。 事業者も消費者も責任をとらぬのが賢いみたいな風潮で、 ほんとうにCMの家族みたいに欺される消費者は多いのだろう。 AIは早く道具としてこなれてくれないかなぁ。 現状は考えるための道具ではなく思考や責任を放棄するため、 放棄したひとたちを思うがままに操るために使われている。 ノルマを消化するための空爆の標的を決めるとか、 だれに投票すべきかとかどのキノコに毒があるかとか。 企業の都合のいい方向に利用者を幻惑する目的で、 嘘をつくことにインセンティヴがある訓練をして、 利益追求の見せかけを第一義として開発されている。 そのような商品がそのように使われることにだれも疑問を抱かぬどころかいいことだと思っている。 便利になるんだって、 やったー! 考える責任を進んで放棄するひとたち。 痛い目を見てはじめて、 欺された、 そんなつもりじゃなかったなどといいだす。 見上げたその夜空に増えつづける大量のゴミはだれがどうやって片付けるんだよ。 得意げな老人や親に押しつけられたツケは都合のいい嘘しか報されないあの子どもの世代が払わされる。
調剤薬局では容器の回収に協力してくれといわれた。 前回はその話がなくて拍子抜けしたくらいだ。 一族の利権のために女子小学生を気晴らしで虐殺する大統領と、 国際刑事裁判所の日本人所長が弾圧されてもなお媚びるしか能のない総理大臣のおかげでこのざまだ。 政府に媚びることで強くなったかに錯覚したい連中は、 足りてんじゃねーかばーかばーか、 みたいなことを吹聴している。 よほど世間知らずでなけりゃわかることだが一口にナフサといっても素性によって品質が異なる。 品物が変われば耐油・耐酸・耐アルカリ性の品質を保てない。 てなわけで洗って再利用するようお達しがあったわけだけれど、 さっきやってみたらこれ、 普通のひとには不可能だぞ。 蓋で密閉するためにネジが切ってあるじゃんか、 蓋のいちばん内側、 本体のいちばん下の細い溝にはいりこんだ薬剤がどうしても落ちない。 楊枝を駆使してどうにか洗浄した。 幸いおれが発達性協調運動障害で強度の近眼で高齢ではあっても、 子どもの頃から道具を使って手を動かすのが好きだったのと、 めがねを使って顔を近づければどうにか見えるのと、 高齢とはいえばまだ体が動くのと、 時間に余裕のある仕事に就いているのと、 ちょっと強迫傾向があるからこそどうにか洗えたのであって、 老人だったり視力に障害があったり忙しかったりしたら無理だよ。 おそらく衛生的に問題のある容器が調剤薬局には日々、 大量に持ち込まれているだろう。 皮膚科の隣の薬局だから感染症による剥落した表皮が大量にこびりついた容器なんかも持ち込まれるにちがいない。 どんな対策をしていたってこりゃ危険だよ。 パンデミック待ったなしだろ、 どうすんだよ。
調剤薬局の外に出ると大雨。 ここ数日、 午後には決まって雷鳴を伴う激しい雨がある。 気候変動の影響ではあるのだろうけれど、 遠い空が明るいあたり、 変動前の夕立を思わせて悪い気はしない。 マツキヨの激安ホエイがたったひと月で倍の価格になり、 十年前の倍量WPIより高額になった。 イオンの激安野菜ジュースと108円の食パンあるいは5玉251円の冷凍うどん、 それにマツキヨのソイプロテインで生きている。 食パンはちょっと前まで98円だった。 先日はそれすら売り切れて倍の価格のしか残っていなかった。 しょうがないんで2割引だった 「塩バターフランスパン」 なるものを買ったら、 ほら和風に魔改造された脂肪たっぷりのべちょっとしたクロワッサンがよくあるでしょう、 ちょうどあんな感じの生地の、 異様に柔らかいカスカスのパンで仰天し失望した。 こんなん空気を喰わされてるようなもんじゃねえかよ、 158円もしたのに。 空気に金を払わされたんで思い出したけど、 イーロン・マスクみたいな連中は近いうちにきっと空気や日照みたいなものも独占して金を取るようになるよ。 現に戦争で依存させておいて取り上げるぞと脅したり、 みかじめ料をつり上げたり、 脅して払いを競わせたりしてるじゃないか。 楽天が兵器産業に協力しているからとXで騒いでいる連中、 XもAmazonもどの企業より多く残酷に子どもたちを殺してるからな。 そんなこといったらIBMだって虐殺するユダヤ人を数える計算機で会社を大きくしたんだけれど。 おまえらがビッグテックのやりたい放題を無条件で礼賛しつづけ、 求められるがままに金を与えつづけるからこんな世界になったんだよ。 データセンターの廃熱に文句をいう前にAIのご託宣に操られるのをやめろよ。 あるいはそういうのが推し活ってやつですか。 時代や場所が違えばヒトラーやポル・ポトが最推しだったんだろうね、 結構なことだ。
ずっと何かを待つような心地で生きている。 実際は何もいいことは待っていない。 統合失調症の母親に強要された認知の歪みだ。 あたかも何か策でもあるかのように、 あたかもいま耐えればあとで何かが思い通りになるかのように、 いいからいまは黙ってお父さんのいうとおりにしなさい、 と支離滅裂な要求に従って人生を台無しにするよう強いられつづけ、 おれがちょっとでも普通の人生に近づこうとすると、 あたかも自分があいだに立って苦労しているかのように、 あたかも道理をわきまえぬわがままな息子に揉め事を起こされたかのように、 被害者ぶった態度で責めなじられ、 罪悪感の泥沼に絡め取られて身動きとれぬようにさせられた。 進学のことだってそんなのは就職してからいくらでも好きにすればいいなどとほざきやがった。 就職のための進学なのに! おかげで何にもなれなかった。 いくらでも可能性のあった人生をめちゃくちゃにされた。 結局あのきちがい女はそのときそのときで自分が殴られないためだけに、 おれの人生をまるで尻を拭く紙のように使い棄てただけだった。 わかっていながらおれはどうにもできずに黙って使い棄てられた。 逃げることができなかった。 逃げればよかったじゃんなんてのは恵まれた人生だからいえるバイアスだ。 あんたは何もわかっちゃいない。
これまで他人を信じてよかったことはない。 別にそのひとたちが悪かったわけじゃない。 いくら親切でも所詮他人はおれとは関わりがないというだけの話だ。 予約販売を検討していた。 柳楽先生とかなむさんとか、 社会的に価値あるひとたちに前もって見本をばらまき、 話題にしてもらおうという魂胆だ。 突き詰めればそれは他人の力に浅ましく期待して、 より多くの他人を操って利益を得ようって邪悪な発想で、 おれの資質に合わない。 世間はそれでうまくやる連中ばかりだがおれとは相性の悪い、 有害な試みだ。 他人を利用して他人をコントロールすることを費用対効果ではかるなんてことはそもそもまちがっている。 公に言及してもらうなんて浅ましい期待はやめて、 単に読んでほしいひとに配るだけにした。 26日に見本が届いたらパラパラめくって刷り上がりを確認して、 問題なければ出版申請して、 見本はレターパックプラスで柳楽先生となむさんに送付する。 あとは発売されたら著者優待割引で10人くらいに配ろう。 読んでもらうことすら期待してはいけない。 それは邪悪な対人操作欲求だ。 宣伝をしなければだれにも本の存在に気づいてもらえまいが、 それは見本を配ったところでおなじことだ。 この51年間で、 やってよかったと思う積み重ねがたくさんあって、 その一億倍は失敗も重ねてるんだけど、 いいことのすべては支離滅裂な両親の悪意におかしくされた認知を矯正する努力だったんだよな。 普通の人間はこの努力まるごと不要なわけだ。 出発点が違えばそりゃ歳を重ねるにつれ到達点もかけ離れるわな。 ありえない無能ながら雇ってもらえていて、 人並みではないまでも充分に暮らせる稼ぎがあって、 人より時間に余裕があって読んだり書いたりできていて、 書いたものを納得のいくかたちで本にできて。 まずまずの暮らしに到達できたんじゃないのかな、 人生の初期条件がどれだけ悪かったかを思えば。 もっと悲惨なことになる可能性はいくらでもあったし、 事実30代まではかなり惨めだった。 ようやく幸せに近い暮らしに落ち着けたような気がする。 だからいいんだ、 これで。 そう。
念願だった区民祭りの花火を見た。 短い夏が終わってしまった。 ずっと楽しみにして休みまで取ったのに直前に尿意をおぼえて序盤を見逃した。 去年もそうだった気がする。 マンションが邪魔して上半分しか見えなかった、 たぶん去年もそうだったのだろう。 室内より風が涼しく、 肌寒いくらいで秋を感じた。 マンション下の遊歩道には祭帰りの家族連れの楽しそうな声。 秋こそはおれも楽しめたらいいな。
