セバスチャン・ナイトの真実の生涯

眠りが浅くてまともに起きていられない読みながら眠って目覚めたらつづきを読むどこから夢でどこまで実際に読んだのかわからなくなったしかしそもそも本書は何ひとつ現実ではない作り話なのだ小説には言葉のおもしろさと物語のおもしろさがあってどちらに偏ってもつまらないナボコフは前者を志向しつつ後者の手管も巧みに援用するしかもただ用いるのではなくいったんバラして組み上げ直しより遠い場所へ到達するための曲芸的な手段へと変換するノンフィクションと探偵もののジャンル手法を換骨奪胎なんだかわけのわからぬ怪物キメラを生み出すとはいえ前半はいささか言葉の側に偏重して調子が鈍い歴史的大傑作淡い焰を先に読んでしまうと物足りなさは否めない愚作ぼっちの帝国ですらおなじことを娯楽のいち手法としてもっとこなれたかたちでやっている奇妙な人物が続々と現れて物語性に傾く後半から俄然おもしろくなるナボコフ先生はご不満かもしれぬが小説はこうでなくてはならないわたしが気になるのは彼がこの小説を便座の蓋をおろして書いたのかそれともズボンをおろして書いたのかだWikipediaによればかの亡命作家はこの本を便座に座りトランクを机代わりにして書いたそうだ)。 『絶望にも通じる発達障害らしいオチのあと結びに至る文章は意図はわかるのだが文意がよくわからない早くいえば雑だ催して筆を急いだのではないか脱×のために慌てて脱稿したかのような印象がある思えばわれわれ読者には本がどこでどのように書かれたかなど知りようがない百万人が落涙し感動した傑作が案外排×しながら書かれたかもしれないのだちなみにプリズムの刃先では意味が通らないように思う。 『虹めくベゼルあたりが妥当ではないか発達障害特有の着眼と比喩のように感じたLou Reed Some Kind a Loveの有名な一節between thought and expression lies a lifetimeが本書のthe bridging of the abyss lying between expression and thoughtからの引用だとわかったのは収穫だったなぜそのことをだれも言及しないのかわからない