Noooooh、 憎み合ってるかぁーい? かれの言葉がTwitterで流れてきて、 まだこの本を紹介していなかったのを思いだした。 ファンのみなさんにはもうしわけないけど、 おれはかれの音楽をそれほどよく知らない。 何枚か、 たまに聴きかえすアルバムがある程度。 でもこの本は大好きだ。 ブコウスキーの日記みたいでもあり、 ある人物の意識から別の人物の意識へ渡り歩く語りは、 サイケデリックな小説みたいでもある。 作中で語られる思いは、 搾取され殺される側のおれたちが権力と戦争を礼賛する現代では理解されないかもしれない。 だからこそ残念なんだ、 いまこの世界にかれがいないことが。 物語の後半で語り手は病に冒され、 死期を悟りながら弱っていく。 自転車を奪った犯人をおれは許さない。 そいつがこの本を読んで悔やめばいいと思う。 そしてこの本の予言が成就されないように、 なんらかの行動を起こせばいい。 念のために断っとくけど、 どっかのしょぼい犯罪者みたいにだれかを暗殺しろってんじゃないよ。 なんとかガールズや尻馬に乗る連中みたいに英雄に祭り上げろってんじゃないんだ。 あれ以来、 何かを変えたり動かしたりするには暴力が有効だってことになっちまったし、 同じ穴の狢を生贄の羊にして切り棄てることで、 連中はまんまと野望を成就させつつあるけれど、 清志郎はそんなことを唄っちゃいなかった。 言葉や音楽には力があるはずで、 その力に動かされて世の中を変えるのは、 言葉や音楽を理解するおれたちにほかならない。 ルー・リードがヴァーツラフ・ハヴェルと話して考えたみたいにね。 腐った奴らが増えているんだ。 自分を見失わないで欲しいんだ⋯⋯。
