期待した巨匠の技は堪能できる。 いいまわしはおもしろいし、 銃撃戦も素手の格闘もカーチェイスも、 走行する列車上のアクションまである。 犯人は登場した時点でわかる (これは欠点ではなく物語を安心して楽しむための 「お約束」 である)。 ごていねいに容疑者を集めた種明かしまである。 若い男女はくっついて謎は解き明かされ犯人はそれなりに罰される。 殺されたノミ屋を別にすればだれも傷つかない。 でも結末のページに行き着いたところでなんの感慨もない。 それが悪いわけでもない。 なんでこんなに味気ないのかな。 登場人物に魅力がないからだ。 だから印象に残らない。 主人公がもっと金にがめつければよかったのに。 そうすればすくなくとも主人公の、 危険にたいする無頓着さや動機の説明にはなった。 ヒロインだってカジノのディーラーという設定を活かしきれていない。 頭がよくて度胸もあるのに後半は主人公にふりまわされて逃げ惑うだけだ。 そのあたりが欠点といえば欠点かもしれない。 でもたぶんジャンル読者にとってはそれもまた長所なのだろう。 よくも悪くもあとに残らない。 期待したものを期待どおりに手に入れて、 裏切られることがない。 そういうあっさりした楽しみのための小説だ。 人生に満足し、 落ち着いた、 ゆとりのある大人の読者のためのジャンル小説なのだろう。 あるいはミステリの勉強をしようとしている作家志望者にはよさそうだ。 要するにおれのための本じゃないけれど、 読んで不快になったとか損をしたとは思わなかった。 かれの本としては最高傑作じゃないが、 いい部類じゃないかな。
