長篇を書いても肩や腰を壊さぬ環境を構築するため、 ひきつづき画面を上げたり下げたり、 机を押したり引いたりと強迫的に試行錯誤している。 この文章もそのためで、 明朝どこも痛んでいなければ調整完了というわけだ。 机まわりを調整するのも、 縦書き連載機能やこだわりの組版、 販売機能まで実装したウェブサイトを建てたのも次の長篇のため。 まぁ書いたところで一銭にもならないのだが⋯⋯。 建てる、 といえばサグラダ・ファミリア大聖堂の主塔である 「イエスの塔」 が完成するそうだ。 残りもあと十年で終わる見込みらしい。 何度か書いた気がするが、 ガウディで好きなのはカタロニア語をしゃべって逮捕された逸話だ。 この国でもかつて正しいとされた言葉をしゃべらなければ罰された時代があった。 生徒は罪状を記した木の札を頚にかけられ廊下に立たされた。 見たまま感じたままに書/描くことを教えた教師は連れて行かれて帰ってこなかった。 「ニーズがない」 言葉が 「淘汰」 されたあとの時代に生まれたおれはおかげで地元の言葉をしゃべれない。 それをいうなら標準語だって怪しく、 渾身の長篇が小学生の国語力以下と嗤われるほどなのだが。
国語力はなくとも自由に書きたい。 自由とは責任を負う権利だ。 日本人の多くはその責任をきらう。 ほとんど憎んでいるといっていい。 かれらにとって権力は絶対の規則で、 従属するのが礼儀、 疑念を抱くのは秩序を脅かす悪行であって、 権利は滅私奉公を認められて授かるもの、 生産性という 「ニーズ」 がない人間に 「フルスペックの人権」 はない⋯⋯なんてのが常識のようだ。 当然の前提と見なしたその足場を疑いたくない、 変わってほしくない。 だからひとびとは批判を積極的に 「淘汰」 する。 侵略からの経済制裁で物資不足に不平をこぼしていた日本人はみんな開戦を歓び、 負けたら掌返してそんなつもりはなかった、 強いられて渋々従っただけだといいだした。 欺瞞の自覚は微塵もなく、 ほんとうに何も考えていない。 責任を負いたくないがために権力を利用する日本人にとって、 AIはだからとても都合がいい。 だれに投票すべきか教えてチャッピー! 指示された通りにやっただけだから純真無垢なご自身には責任がない、 というわけだ。 インターネットで見える景色もまた、 水や風や大地のようにあらかじめ自然にそこにあったのではなく、 だれかがだれかの利益のために設置したものなのに、 その事実や意図を意識する習慣はこの国では稀だ。 いいねも共有も返信機能も何が表示されるかも、 実際にはユーザの行動を操るべく意図されているのに、 道路や電気ガス水道のような公共インフラであるかのようにだれもが錯覚している。
インターネットは英語を前提にした発想で築かれている。 パラグラフ (p) は段落ではないしline-heightは行間ではない。 改行とブレイク (br) も意味が異なる。 日本語の空白行は装飾ではなく構造的な意味がある⋯⋯といった具合に、 異なる概念をむりやりこじつけて辻褄を合わせることになる。 器に合わせて否応なしに言葉は変わるものだ。 ビジュアルエディタを無効にしたWordpressではEnter一回でbr、 二回でpのタグが入力される。 初めてWordPressに触れた十年前の日にイライラして以来一度も使っていないのでうろ覚えの知識だが、 ビジュアルエディタではShift+Enterでbrになるらしい。 多くのテーマではbrで改行、 pで空白行が表示されるようにCSSで余白を調整してあるようだ。 日本語は段落のあいだも行間の一種であり横組みであっても特に広げはしないものだと思うが (組版の専門家ではないのでよく知らない)、 画面に表示するとそれでは詰まって見える。 息苦しいので段落ごとに空白行を用いるひとが多く、 brをpに置換して段落ごとの幅を広げる処理を思いつく前は、 おれもそうしていた (brには幅を指定できない)。 ただの改段落ではなく空白行ごとにひと息ついたつもりではあったものの、 冷蔵庫に収めやすいよう四角い容器で育てられた西瓜のように、 纏足のように、 技術的な制約に思考のしかたを変えられていたのだ。
既存の枠組を変えることはまかりならぬ、 忖度し順応しろというのが多くの日本人にとって信条であるらしい。 ベッドに合わせて脚を切断しろとか帽子に合わせて頭を削れと命じられるようなものだ。 縦書きを侮蔑する日本人技術者を2010年頃までしばしば見かけた。 時代遅れだからなくせとか英語で充分なんて暴論を聞くたびに、 かな漢字をなくしてローマ字だけにしろとか英語を公用語にしろとかいった、 敗戦直後の議論を連想したものだ。 たかが縦書きの電子書籍ですら、 とあるイラン系米国人女性の活躍がなければ叶わなかった。 2026年6月現在、 連続した約物のアキ調整ですら満足にできない。 まず正攻法であるCSSのtext-spacing-trimだがこれはChromeとEdgeしか対応していない。 Appleのデバイスでは自社が採用したエンジンしか使えないようにされているのでMacやiPhoneでは望み薄だ。 次に以前は機能したのがfont-feature-settingsで、 約物のあとに半角空白を足す方法と、 OpenType機能でアキ調整するフォントを使う方法があるが、 どちらもSafariでは一年か二年ほど前の更新を境に縦書きのプロパティ (vhalやvchw) が機能しなくなった。 おかげで横書きではhalt、 縦書きではYakuHanJPで約物を半角にし、 半角空白を足してアキ調整するはめになった。 Appleは日本語に何か恨みでもあるのか。 それともこれはおれのMacとiPhoneだけの不具合なのか。 日本語話者は暴動を起こしてもいいくらいだと思うのだが、 だれも問題にしないのが不思議でならない。 それもまたお国柄というものなのだろう。
調整はまだうまくいかない。 腰と頚はいいが肩甲骨のあたりが痛くなった。
