メキシコ風の名前ならジーザスはヘスースと訳すべきではと思ったけれどもこれはこれで正しいのかもしれない。 ノワール文体の喜劇かと思いきや意外にもふつうの娯楽ミステリだったので驚かされた。 主人公はなるほど確かにホールデン・コールフィールドを強く連想させる。 けれども実際はそのように偽装されていただけで、 結末に至ると案外ごくまっとうな、 悪くとれば安易ともいえるエンターテインメント・スタイルの探偵だったことが露呈する。 事件はきっちり綺麗に解決する。 ダン・ブラウンかよというくらい大変にわかりやすくハッピーエンドなのである。 読みすすめるあいだ気になっていたのはどうオチをつけるのかということだった。 この手の話で安易に主人公が助かると裏切られた気分になる。 かといって謎が解かれぬまま終わるのも不愉快だ。 その両方の心理を満足させる結末だった。 主人公を生贄にして世間の残酷さ、 虫のよさをさんざん見せつけた挙げ句に、 筋書きはちゃんと納得のいく落としどころへと運ばれる。 使い古されたパターンなのだが見せ方が巧みなので気にならない。 というかこの語り口でありながら大勢に好まれる馴染みのパターンをあえて回避しない気取らなさに好感が持てる。 悪い女に騙された探偵が昔なじみの女に落ち着くとかね (容姿で態度を変えすぎじゃないかとの不快感は残るが)。 一人称の語り手が知り得ないはずの場面をどう語るかという問題もおれ好みのやり方で処理してある。 汚い言葉遊びは 『お前らの墓につばを吐いてやる』 と 『マザーレス・ブルックリン』 を、 家族への複雑な思いは 『これいただくわ』 を、 資本主義社会への皮肉たっぷりの奇想は 『J R』 と 『イリワッカー』 を思わせた。 「わかりやすさ」 を求める世間によって追い詰められる無実の主人公に笑いながら共感し、 似た題材でおれよりも百倍うまく書いているなと感心させられた一方で、 加害者をおれならあのように善良には描かないな、 とも考えた。 実在の事件に着想を得た物語を二冊つづけて読んだわけだけれど、 気取った 『ベル・カント』 よりこちらのほうがずっとよかった。 ここまで口汚くなくともよかろうとも思うけれど。
