まずこの小説はデニス・ルヘインみたいなノワールとして読んでいいと思う。 『その名にちなんで』 では女性特有の残酷さ、 ひとのいい男に生理的に苛立たせられる気持とか、 そういうのが見事に描かれていた。 この小説ではその鋭さが、 最初はやはりひとのいい男に、 それから年を重ねた自分自身に、 逃れようもなく向けられていく感じがする。 そうして読んでいくと、 この本は家族小説でもあり、 それ以上に恋愛小説でもあると思えてくる。 歳を重ねて変わっていくこと、 歳を重ねても変われないことが書かれていて、 それが小説なのだと思う。 ずいぶん前に読んだのであやしげな記憶だけれども、 『その名にちなんで』 では語り口に切迫感があった気がする。 読んでいて締めつけられるようだった。 『低地』 にはおおらかな余裕が感じられた。 蓄えた力を性急に出し切るのではなく、 あえて力を抜いて俯瞰して書かれたような感じがする。 基本的にひとつの場面ごとにひとりの視点から語られてゆき、 山場の対決においてふたりの視点がせめぎ合うような書き方になる。 おそらく意図され計算されたやり方で、 成功している。 自分でも小説を書くことがあるのでわかるのだけれども、 筆力のコントロールに確信がないとこういう書き方はできない。 この技巧によって場面は緊迫したものとなり、 そうしてまたふっと力を抜いて淡々と、 語られるべきことが語られる。 男の目から女が描写される。 そのようにして物語は静かに幕を下ろす。
