先月からEBook2.0 Magazineを購読しています。 「自主出版はどこまで行くのか」 という記事を読みました。 「’self’ は、 表現行為よりも経済行為としての出版にかかるものなのだ」 とは苦い事実ですね。 読書を豊かにする手段ではなく、 編集者やデザイナーを雇って自分でやるほうが得だという判断でしかない。 現代の職業作家は単に物語の書き手であるばかりではなく、 みずからの事業をマネジメントする経営者としての能力も強く求められているのでしょう。
わたしにとっての電子書籍元年は2010年でした。 だれでも自由に扱えるepubが広まり、 セルフパブリッシング元年ともなりました。 翌年の震災でソーシャルメディアの即時コミュニケーションが見直されるなどの変化があり、 携帯電話はスマートフォンが主流になりました。 漫画などのコンテンツに登場する電話は、 明確に2011年を境に二つ折りの携帯からスマートフォンへと切り替わります。 さらにその翌年には日本でもKindleストアがセルフパブリッシングのサービスとともに開始されました。 epubとスマートフォンの普及で読書と出版の自由が広がったかに見えました。 しかし、 そうではありませんでした。
孤独に深く潜ることで乗り越える力を得るようなところが、 読書と出版にはあります。 大きな力を得るにはそれだけ息を詰めて深く潜らねばなりません。 本を読むために買ったスマートフォンで、 本ではなく、 読書の話題を共有するひとびとを眺める時間が増えました。 手軽に孤独が紛れるからです。 読書と相反するその手軽さは、 やがてかえって孤独を深めます。 たとえば先日は何か学べるかと思い、 息継ぎや力の配分について話そうとしたところ、 幼稚な押しつけと見なされたようで伝わりませんでした。 わたしがいないかのように話し合うひとたちを見て、 哀しい気分が残りました。
またおなじ場所で、 差別的な意識で書かれた小説を読まない、 とする作家の発言を見る機会がありました。 わたしもそうなのですが、 それゆえにわたしが読める小説は年々少なくなっています。 自分とおなじ場所に立ってくれている、 寄り添ってくれていると感じられる小説には滅多に出逢えません。 結局のところ、 「ニーズのある側」 に立たなければ出版されないし広まらないからです。 セルフパブリッシングはそのような時代に抗う手法にもなり得ましたが、 実際には、 単に経済的な効率化の手段でしかありませんでした。
書き手として出版者としてよりよくなりたい。 具体的な手段を知りたいし、 優れたひとたちから学びたい。 このままここにいてはだめだと感じました。 次のやり方を見つけるべきときです。 この七年間、 読書と出版の自由について考えつづけてきました。 実質的な変化は一企業であるAmazonによってもたらされました。 そこでは購入の手軽さから読書の道具に至るまで、 一貫した統合環境が提供されています。 その生態系にはebookやプリントオンデマンドの出版サービスすら含まれています。 本来は埋め込み可能な試し読みビューワや書評SNS、 著者をプロモーションするyoutubeチャンネルなどもあるはずなのですが、 日本では運用されていません。
独立系書籍の販売チャネルを比較した資料を読むと、 海外でもAmazonの占める率は他書店を大きく引き離しています。 さまざまな囲い込み施策も影響しているのでしょうが、 そればかりではなく、 そもそも狭義のセルフパブリッシングは徹頭徹尾、 Amazonという一企業が牽引してきたように思います。 実質的にはイコールAmazonといいきっても差し支えないほどに。 当レーベルは2010年から数年間、 複数の販売チャネルを利用してきました。 作風によっては他ストアの販売実績が好調とも聞きますが、 修正が必要になったときの対応の煩雑さなどを思えば、 専売の利点を放棄するに充分な根拠とはなりませんでした。
狭義、 と書きましたが広義のセルフパブリッシングには旧来の自費出版も含まれます。 しかし資本を投下して利益を回収する事業と見なされ、 コストをかけるのが当然となりつつある昨今では、 「旧来の自費出版」 もまた自主出版と呼ばれるなど、 両者の区別がなくなりつつあります。 そのためまさに旧態依然とした詐欺業者にとって都合のいい事態が出来する一方で、 それまで企業にしかできなかった出版事業を個人がおこなう手段もまた整いつつあるといえます。 冒頭に引用した記事では 「Kindle限定」 を選択しやすい事業者として、 三つの可能性が示唆されています。
・印刷本は出版社、 E-Bookは自主出版を選択する職業的著者
・E-Book/自主出版主体で発行しているインディーズ著者
・書店売りや通販を主体とし、 E-BookはKindleに限定する中小出版社
当レーベルが進もうとしている道は三番目に近いかもしれません。 しかしながら現状では出版と流通の手段において、 どの組み合わせも一長一短で迷っています。 人格OverDriveはこれからも今後もひとりの作家を擁した独自レーベルでありつづけますが、 その作家はレーベルにとって全体をなす構成要素のひとつでしかありません。 epubもAmazonもプリントオンデマンドも、 ウェブサイトもそれを構築するWordPressやプラグインやhtmlやcssやphpやJavaScriptも、 すべてが同格です。 それらの手段を使って何ができるか。 それとは別に、 作家としていまの時代に何が書けるかも考えてはいるのですが、 これはどちらかといえば長期的な、 レーベルの運営とは別の課題です。
