ことばの民主

グーテンベルクは一部の特権階級のものだった本を多くのひとびとへ開放したインターネットもまた権力に認められなければ言葉を広められない状況を変えうるものとして期待されたしかし実際には個人に何の力も与えなかった権力に与するものまたは新たな権力をかたちづくるものでしかなかったソーシャルメディアと政治カルトがともにファシズムの語源であるを訴えるのはそのためだそれが彼らの利益になるtwitterやAmazonのようなプラットフォームはそもそも中立ではない商売に投稿者を利用しているだけだ企業は政府に忖度するものだしとりわけ日本のtwitterは人権をなくすことを悲願とする政治家に共鳴している投稿者の自由は当然ながら運営企業の許す範囲にしかない書くための場所に金を払わぬというのはそういうことだサーバまで用意するのはさすがにハードルが高いにせよ自由な発言の場は自前でつくるしかないWordPressは出版の民主化を謳っているepubはインターネットから派生しながらも閉じられているがゆえに個を尊重するしかし結局はそれらもAmazonやtwitterやGoogleのようなプラットフォームがなければさながら無人の森で倒れた木のごとく存在せぬも同然となる現実がある欠陥が広く知られながらもだれもが巨大プラットフォームに依存せざるを得ない理由は結局のところ汎用性にある人間はひとと違うことに耐えられない。 「みんながやっている場でなければだれも使わない。 「だれもが同じのプロトコルにのっとりそこに最適化された社会的評価こそが人間の価値として流通する汎用性のないそれ以外の価値は通貨として無効だ民主的であるとは他人と折り合いをつけながらそれぞれが自分らしく生きることだと思うのだけれど現実の社会は残念ながら他者との違いを尊重した時点で疎外される立て付けになっている個を尊重することと汎用性が両立する術はいまだ見出されていない