世間知らず

中学のとき担任の音楽教師に借りた本を読み返した。 『アルジャーノンに花束を』 『残像に口紅をと一緒に借りたこの本が当時はまだ新刊だったのだもちろん三十年も借りっぱなしだったのではない今回は日焼けして埃臭いやつを近所の図書館で書庫から出してもらったこんな名作が絶版でKindle化すらされていない英語で書かれていれば世界中で長く読み継がれていたろうに調べたかぎりではいちど新潮文庫からひどい改題をされて出たことがあるようだ世間知らずという言葉が死語になったからと著者は説明しているそうだがおそらく最低限の日本語さえ知らない編集者に強いられたのだろう文庫版は書影もすぐに古びる種類のイラストだったハードカバー版の装幀は平野甲賀で個人的にそれほど好きではないが古びることはない日本の出版の全盛期は九十年代半ばだそうでそれよりすこし前のこの時代にはこのように優れた小説が当たり前のように出版されていたのだ刹那的に消費するために印象に残らないものをよしとする時代には見合わないかもしれないがこの小説はこの題名でなければ成立しない世間から微妙に逸脱したもの同士がたがいにもうすこし世間を知ってさえいたなら支え合えたのにそうならずにすれ違う話だからだ印象的な名場面がいくつもあってそのうちヒロインがもらい煙草をする場面はこの三十年間ずっと記憶に残っていた主人公が思う以上にきっとふたりは似ていたのだたがいを求める強引さがあったなら彼らは違う人生を歩んでいたろうしすくなくとも主人公は作家ではなかったいやこの物語において彼は明記されたかぎりにおいては場末の放送作家であって小説家にはなれなかったとされているのだけれども人間の種類としては作家以外の何ものでもないと思う青春コンゲーム風の趣からはじまり、 「負け取った民主主義が暴力の揺り戻しに覆される過程を交えながら米国人と結婚して戦中に国粋主義者となった教師が文部省に入るくだりが象徴的)、 切なくも致命的なすれ違いののちは突如として歴史的な視点の語りが挿入され一見して技法的にこなれていないかのようだがそれゆえに妙な説得力を感じさせるこのあたりはアドルフに告ぐを連想させる)、 ほろ苦い大人の回想で終わるアーヴィングは周縁から視るということを書いていて彼によればその場の中心に立たないからこそ語れることがあるという二十年後の約束を果たせずに死ぬ友人は自分もまたいずれ病による死で人生から疎外されることになるがゆえに主人公の資質に気づくどうもおれは子どもの頃から作家について書かれた小説に変に共感する癖があって作家や活版印刷工の守護聖人を主人公の名にした銀河鉄道の夜あのどこまでも独りで本当の世界の火やはげしい波の中を大股にまっすぐ歩いて行かなければいけない呪いのような切符があるからこそ自分にとって重要な小説になったのだし当時大人気だった児童文学シリーズの一冊ズッコケ文化祭事件にしてもボロ泣きしたのは地方文学賞をひとつ獲っただけの作家と現場主義の宅和先生とがたがいの教育観をめぐり酒を呑んで口論する場面だったぐぐったかぎりでは世間知らずと同年の出版ということになっているが中学に上がってから児童書を読んだ記憶はないのでそんなはずはないソフトカバーで再刊されたときの発行年ではないか)。 単に効率のいい商売として映画監督を志す級友や一種のファッションとして作家志望を自称する級友に、 『世間知らずの主人公は強い違和感をおぼえながらもじゃあ自分はなんなんだとクヨクヨ悩む自己同一性という点では作家以外の何者でもないのを強く自覚しながら社会的には作家どころか何者でもないこともまた強く自覚するということもまた中心でない場所に立つ周縁から視るということのひとつのあり方のように感じる徹頭徹尾すれ違いの他者でしかなかった少女をめぐる記憶にロマンチックな意味を付与するのも現実主義の女優による冷水を浴びせるような台詞この物語に現実味を与える重石となっているを意識に留めるのも主人公が作家だからだ情欲の赴くままに愛し合っていたら成人してから積極的にたがいを求めていたらそれぞれの結婚が失敗してからの再会ですべてをやり直せていたらおそらく現実の生々しい無残さに想い出は色褪せていたろう記憶は見出された意味で結末が決まるそういう意味でこの物語は確かにハッピーエンドなのだ