日記を書くとその日のうちに十人に読まれる。 それから数日のあいだに五人ほどが読んでくれる。 合計十五人。 『ぼっちの帝国』 の客と同数だ。 それくらいがおれの読者の総数なのだろう。 思ったより多いが生計の足しするにはせめて三千人は必要だ。 これまでに読まれた延べ人数でいえばおそらくその程度にはなるのだが。 本来は内容の薄いゴミをコンスタントに出す努力をすべきなのだろう。 世渡りが下手だとろくなことがない。 が、 多く読まれればいいというものでもない。 出版社が電子版に本腰を入れるようになったのはこの一年ほどのことだ。 元年から九年、 黒船から七年かかった。 おかげで小説を読み慣れない客がストアの表示をめちゃくちゃにしてしまった。 ストアと出版社、 双方の努力によってまともな客が少しずつ増えてきてはいるが、 2012年における出版社の及び腰がいまだ尾を引いている。 ストアの性質上ひとたび形成された核は雪だるまのように膨れ上がりつづける。 小説を読むにはそれなりの経験や能力が要求される。 とんちんかんな客に読まれると実際のテキストとは接点のない文脈が形成される。 それを見た客は実際のテキストではなくその文脈を通じて評価する。 筋のいい客に読まれる努力は、 「本の網」 の改良といった長期的な対処なら悪くない。 献本のような他人の動向に浅ましく期待するふるまいは精神衛生によくない。 よくないがするしかない。 ペイパーバック版を注文した。 問題がなければ追加注文して数カ所に献本するつもりだ。 金の無駄だ。 わかっている。 これまでは千円前後に収まるように心がけていた。 今回は二千五百円もする。 名刺代わりに気軽に配るには適さない。 まともなものを書くほど精神がえぐられる。 ゴミみたいなもので賞賛されて上手に世の中を渡る連中に嗤われるかのような気分になる。 健常者と自分を比較するのはよくない。 他者との比較においてではなく絶対評価で考えねばならない。 しかしどう偽ろうにも一銭にもならず名刺にすら使えなかった事実はゆるがない。 健常者に蔑まれながら生活している。 出版くらい現実を忘れたい。 忘れたいが知的障害者が何をどう努力しようが嗤われるしかない。 それが厭なら出版などせぬことだ。 だれもおれを愛さない。 愛されるために書くのではない。 書いて、 焼き棄てる。 そのためにやれるのでなければならない。 なのに迷いが生じるのは浅ましいことだ。 更新がないのに訪れる客にもうしわけなくてこの文章を書いた。 書かなければよかった。
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