膠着した侵略で経済制裁を喰らい、 物資が不足して鬱屈しながらも、 茹で蛙のごとく順応する大衆がさりげなく描写され、 軽薄な消費社会に捏造された殉教の幻想が、 喪われた美しき伝統として都合よく語られる。 さすがに古い⋯⋯と序盤は苦痛に感じたけれど、 しまいまで読んでみりゃそう単純じゃなかった。 娯しませるため本気で書かれ、 読者もまた代弁された心境でもって支持し、 だからこそ当時の日本人の過ちがそのまま、 大いなる皮肉として小説に昇華されている。 本物の作家が書くと意図がどうあれ作品はそうなっちまうんだよな。 負けた途端に不本意だった、 強いられたなんてだれもがいいだしたけれど、 獅子文六は過ちは過ちとして認めつつ、 作品の出来についちゃ大衆の望みを書いたのみと恥じなかった。 そんな作家の筆力で、 当時の日本人がどんな途方もない夢に突き進んでいったか、 鮮やかに伝わってくる。 「昨今は何でも疑る風潮があっていかん、 ユダヤ人は考えすぎだ」 みたいなくだりがあって、 男らしからぬと批難されながらも疑う知性は当時確かに存在し、 でも疑りはじめた頃にはもう遅かったと知れる。 現代との違いはラジオや新聞か、 テック企業のアルゴリズムやチャッピー様のご宣託かってくらいで、 そもそも都合よく捏造した幻想の過去に、 長きにわたって (当時はまだ新しい発明だったとはいえ) 固執して、 虎視眈々と機会を窺う政党に、 なんでみんな票を入れたんだよって話。 まぁ前回は男だけが決めたことで、 女性の票はなかったわけだけど、 あったところでという気はする。 何せ認知の歪んだモラハラストーカー気質の無職男に怒鳴りつけられ人格否定されたら 「男らしい、 素敵!」 となっちまう世界観だもんね。 いやいや筋の通らぬ罵倒は 「叱責」 たぁ呼びませんよ、 充分に 「いささか変態女」 でしょうよ獅子先生⋯⋯。 その意味じゃ兵隊にとられた隙を埋めるに乗じて社会進出し、 認められるため熱心に幻想のお先棒を担いだ先達を、 はるかに先鋭化したのがいまの首相なのかもしれないね。 男たちは夢みたいな詐欺にひっかかって財産を喪いながらも、 またぞろあり得ぬ夢を思い描き、 女たちの気遣いを無視して南方の破滅へと突き進む。 いってやった、 スッキリさっぱりしたと晴れやかになる姿が、 連載完結のわずか一ヶ月後に現実となる。 ほしがりません勝つまでは? 勝ってなんでも手に入れるのはテック企業と政治家だけだよ。 あんたもおれも奪われる側だ、 おあいにくさま。
