ドーキー古文書

禁酒していたのであるしかるにこの小説はしらふで読んでもつまらないおかしな人物が次々に出てきて酔っ払っているからこそ理解できる種類の会話をくりかえす話なのだ友人や見知らぬ他人と腹を抱えてげらげら笑って同じ話題を何周もしてそのたびに爆笑して翌朝ひとりで二日酔いとともに目覚めてみれば何がそんなにおもしろかったのか首をひねる夜ってあるでしょうド・セルビィ博士のご相伴にあずかればたちどころにそのような世界が出現するたとえばとある警官は自転車がなければ格好がつかないとの職業的信念と自転車を漕げば尻とサドルに分子の交換が生じて人間が自転車に乗っ取られるとの妄想とをともに抱えているそして酔っ払ったときの世界が往々にしてそういう理屈で機能するようにこの小説ではどうやらその考えはあながち荒唐無稽でもないらしいめんどくさいやつだなだったらしょうがないという程度の扱いになる時間の流れが乱れて聖人の亡霊があらわれ高尚な神学論議を交わす⋯⋯かと思えばやはり酔っ払いのたわごとだあるいは尊い古文書と酔っ払いのたわごとに差はないのかもしれない中盤まではしらふでつきあおうと努めたがむりだった退屈で数ヶ月放置したクロストーク読了後アイリッシュつながりで再開するや自然と瓶に手が伸びたそれから俄然愉しめたしらふだった前半はもたもた読んでいたのに後半は一気読みだったずるいことにマッド・サイエンティストのセルビィ博士は主人公が彼の妄想を受け入れて世界を救い国民的作家をとっちめた頃にはもっというならこちらが禁酒を破った頃にはしらふに返って物語からあっさり退場してしまうあたかも悪魔の発明品を奪われ銀行の貸金庫によって遮蔽されたことで自分だけ先に酔いから醒めたかのようだそして迎える予想外のまっとうな結末徹頭徹尾現実に生きていたのは主人公の恋人だけで酔っ払いの幻想を共有したかに見えた親友もまた主人公よりは醒めていたセルビィ博士が先週仕込んだ酒は酔い覚めすっきりであるようだちょっと待てよそういう話だったの? それまでのとち狂ったたわごとはどこへ消えたのかこちらはおたくらのために禁酒を破ったのだいまや主人公さえも酔いから醒めて大人になろうとする残されたこちらは腑に落ちない気分で再読を強いられる