この四半世紀、 書いたり出版したりしてきたことで、 よくやったと思えるのはゴミを絶版にしたことだ。 また増やす必要はない。 『黒い渦』 を単体では出版しないことに決めた。 出すのであれば短編集に収録する。 印刷版はなし。 基本的にサイトでの配布とする。 Amazonにも出す場合はほかのストアで無料で出す。 改稿に三ヶ月、 初稿から数えれば二十年かけた仕事が無駄だったと認めるのは楽ではない。 しかしその落胆よりも、 客観的な判断ができた嬉しさのほうが大きい。 少ない読書量ではあってもいい本をそれなりに読んできた。 だめなものを見極めて表に出さない決断ができた。 苦しんでいた時期にはそれができなかった。
承認欲求という言葉にはずっと違和感しかなかった。 やはり他人にどう思われるかは重要ではない。 脳の障害をなくしたいだけだと確かめられた。 生まれつきの欠陥であり、 一生治らない現実はわかっている。 せめて努力して改善したい。 無能のまま賞賛されても嬉しくない。 それは客と自分のどちらかが相手を欺いているということだ。 騙す後ろめたさも、 憐れまれ施される屈辱も耐えがたい。 障害さえなくなれば他人の視線などどうでもよくなる。 いま蔑まれているのは確かに不快ではある。 しかし突きつめて考えればやはりどうでもいい。 優れたひとたちなら優れたひとしか目に入らない。 わざわざやってきてばかにしたりはしない。 尊敬できるひとたちだけを見たい。 向上したい。
これまでは両親の問題で精一杯だった。 病識のない重度の精神障害者を家族に持つのは楽ではない。 関わりを断って這い上がるのに、 同じ経験をしたことのないひとにはわからない苦労をした。 この歳になってようやく自分の問題に向き合えるようになった。 取り返しがつかないほど歪められはしたけれども、 おそらくあと二十年は残されている。 独学でウェブサイトを構築して日記や本の感想を書いた。 好きが昂じて何冊か本を出した。 健常者には嘲笑われる愚かしさではあっても、 日々、 自分なりに向上している。 『黒い渦』 を書いていた当時の絶望や惨めさは過去のものだ。
