人体の構造を無視したひどい作画でネットミームになった漫画家が出版社を搾取なる表現で語るのを見た。 思うところがないではないがおれはけっして出版社に敵対するものではない。 ただ書くものが営利企業とは相容れないだけだ。 ひとびとを迷信や差別や暴力と結びつけるのは利益の最大化にもっとも効率的で、 テレビ局や出版社のような営利企業がそっちへ向かうのは致し方ない。 多少ならね。 ソーシャルメディアや巨大モールのようなプラットフォーム企業はそれをあまりにも効率的にやって民主主義国家を分断し転覆させようとしている。 現にロシアはトロール工場を通じて議会の襲撃に成功し、 首謀者をふたたび大統領にしようとしている。 連中のやることは迷信や差別や暴力との関連づけであって読書とは正反対だ。 搾取という言葉にふさわしいのはかれらだ。 脚本家や漫画家のような下請けはギグワーカに似ているが搾取するのはプラットフォーム企業だ。 テレビ局も出版社も隷属する立場でしかない。 大出版社の下請けでありながら抗って人間を描こうとした漫画家は殺された。 おれはもっとうまくやる。 AIを批判すると時代錯誤のラッダイト主義者だといわれるがそうじゃないんだよ。 技術じゃなく使われ方の話をしてるんだ。 えらい学者先生がAIを活版印刷に喩えていた。 情報を権力の独占から大衆へ開放した変革としてのね。 そうじゃねえだろ逆だよ。 むしろ喩えるべきはラジオだよナチスの。 ソーシャルメディアが成し遂げた功績をAIがさらに効率化しようとしている。 ミャンマーでもロシアでも密告が流行している。 絆ってやつだ。 アプリひらけば顔なじみ、 まわして頂戴リツイート、 密告されたり知らせたり。 ナワリヌイの死にざまは他人事じゃない。 密輸したレコードを地下室で聴いたりガリ版刷りをまわし読みしたりレントゲン写真に音を刻んだりするようにしておれは出版する。 そして売る。 プラットフォーム企業や政治家のニーズはおれのニーズじゃない。 「笑い物」 にし 「淘汰」 しようとする権力におれは抗い、 出し抜いてやる。
おれのやりたいことって実際につくって見せてもだれにも理解されないくらいでさ。 2016年にはWordPressがなんなのかもわからない段階でいきなりマルチサイトやらBuddyPressやらに手を出して大失敗した。 ドメインを強くすることで参加者のブランド価値を高めようとしてマルチサイトを試したら、 セキュリティの大穴をおっぴろげる結果となり、 海外の犯罪者やらおれを憎んでいる連中やらを招き入れてしまった。 おなじ機能を使っていた大手サイトがおなじ理由で閉鎖したんでそういうことかと学んだ。 BuddyPressの目的は著者の露出を高めて親近感を演出するとともに読者との交流の場を提供することだった。 これは完全にトゥーマッチだったし、 拡散させるべきものを囲い込むのは悪手だった。 何よりおれともうひとりしか使わなかった。 寄ってたかって袋叩きにされているおれにただひとり公然と肩入れしてくれたそのひとは、 素人が寄り集まって何かやるという考えに惹かれただけで、 当時もいまも実際におれがやっているのはそういうことではない。 数年後にTwitterを見に行ったらおれのサイトを攻撃していたうちのひとりと交際していた。 そういうものだ。 どんなに好意的で親切にしてくれるひとでもおれのやることや考えを理解はしない。 たぶんおれみたいな無名人を安全な高みから袋叩きにしたい欲、 とおなじくらいに、 ネット越しに安全が保証されてさえいればだめ男を庇護したい欲、 みたいなのが世の中には存在するのだろう。 匿名性に担保された権力勾配の行使という点で両者は同質なのかもしれない。 低身長低脳低収入の醜中年でなければ後者に全振りする手はあったろう。 高身長高学歴高収入の美青年であったならそれはもうおれではないのだが。 当時BuddyPressで試みたことはサイト本体から切り離してGNU Socialを経てMastodonに落ち着いたが、 ソーシャルメディアの 「広める」 という機能にいまは疑問をもっている。 ひとが広めたがるのは迷信を叫んで議会を襲撃し民主主義国家を転覆することであって、 おれの求める読書とは相容れない。 読書は内省だ。 個と向き合い尊重することだ。 空気に流されるのではなく自分の足で立ち論理的に考えること、 権力に媚び従うのではなくひとりひとりの人間を尊重することだ。 つながりや絆はいいねや共有は全体主義にしか行き着かない。 一方で新聞の書評欄や、 友だちや好きな音楽家の読んでいるものに影響を受けて新たな世界がひらける、 みたいなことはあっていいと思う。 矛盾に近いその兼ね合いを見いだすのが今後の課題だ。
在庫がないまま商品ページを公開したことでめちゃ売れお天使を失注した。 『☆』 をSF好きの書店員さんが話題にしてくれたり 『バラクーダ・スカイ』 がお洒落な個人書店に売れたりした (著者に還元できなかったのは後ろめたいが赤字だったんだからしょうがない)。 他人の力を借りればあと一歩で何かに届きそうな予感はある。 他人が他人であるがゆえに売れるという話で終わりそうな気もするが。 モノクロレーザープリンタをケーズデンキの通販で買った。 数時間後に届く。 在庫がある店がそこだけであとは取り寄せで数ヶ月待ちだった。 送料も向こう負担だし待たされるよりいい。 千円安いヤマダは在庫切れでクレカの与信もなぜか通らなかった。 役に立つかわからないが通販サイトと次の小説のどちらにも使うつもりだ。 小説はこれまでと大きく異なる書き方をせざるを得ないので手許にプリンタが必要になる。 ちょいちょい印刷して切ったり貼ったり線を引いたりしなければ。 必要な買い物だったと自分に弁解する。 業者から仕入れた商材は数日間、 押入で保管しただけで表紙がそりかえった。 除湿剤とともに保管するために折り畳みコンテナを発注した。 よく考えたら密封性は期待できないかも。 まぁないよりはましだろ。 押入のにおいが移らなければいいな。 糊が剥がれるのが不安なのでクリックポストのラベル用紙も買うことにした。 収入をはるかに上まわる支出がつづいている。 小遣い程度でいい、 どうにか商売として成立させなければ。 成立させられる商材の仕入れと販促だよ課題は。 おれの本じゃだめだ。 おれのニーズはプラットフォーム企業や政治家のニーズじゃない。 ここでも世間との相性の悪さが障壁となる。 感想を書いて集客し他人の本を売ろう。 古物商許可を取得して読んだ本を売ろうか、 開業届を出してホワイエと契約しようか。 上司が替わったおかげでもらえた年休消化の四連休は幸福だった。 知り合いが親切で買ってくれただけの現状じゃばかげた夢想だが、 通販で喰っていけるようになったらいいのにな。 遅く起きて注文をチェックしてメールを書いて本を読んで感想を書いて商品を仕入れて筋トレして走りに行って買い物してシャワー浴びて酒のんで本読んで寝る。 だれとも関わらずに一生そんな暮らしをする、 この部屋で。 震災のせいで不陸と亀裂と剥落がひどく、 浴室も台所 (に相当する場所) も換気扇が壊れているけれど、 ここでの暮らしを気に入っている。 ポストも薬局もコンビニも近いし少し歩けばスーパーも郵便局もある。 不眠はつづいているけれど数日間、 他人を視界に入れなければ過食をせずに済むことに気づいた。 おれは人間がきらいだ。 向こうがおれをきらいだから。 でもおれという人間の幸福は否応なしに他人や社会が決める。 金がなくては生きていかれない。 矛盾に近いその兼ね合いを見いだすのがおれの課題だ。
