飽きたので普通の書き方に戻す。 先日の妄想を考え直した。 必要なのはストアのディスカバラビリティ欠如を補う作風のマッピングだけだ。 というか作風や影響関係や視点の共通性でつながる読書の文脈だけだ。 品質向上の手立てがほしければ大手企業を利用すればいい。 偉大なる先達の佐藤亜紀氏は大手出版社から引き上げた原稿を自力で電子化されている (一部プリントオンデマンドもあり)。 企業の資金による校正・校閲を経たテキストをアップロードされておられるわけだ。 企業は投下資本が充分に回収されたと判断して許諾しているのだろう。 自動化、 と書いたがよく考えれば省力化だった。 最低限の手間で済ますだけで実際にはキュレーションは人力だ。 不特定多数に委ねるのはふたつの観点から愚かしく非現実的だった。 まず参加者がいなければ機能しない。 逆に増えればセキュリティの維持が困難になる。 そもそも他人を関わらせると精度が担保できない。 やはりすべてを制御できる規模でなければならない。 そう考えるとやるべきは現行の 「本の網」 の精度向上だ。 新たなタームないしカスタムフィールドの付与で指標を追加し、 複数要素の重複によって表示を決めるようにしなければならない。 いつかは解決法を見出すだろう。 急ぐ必要はない。 優先すべきは小説だ。 『ぼっちの帝国』 ペイパーバック版は数日後にはストアに並ぶ。 実物を取り寄せて問題ないのを確認したらストアとgoogleとFacebookに広告を出す。 今回はそれほど金を投じるつもりはない。 反応が薄ければすぐに停止する。 その後今月いっぱいは読みたい本を読む。 来月は 『GONZO』 の参考になりそうな本を読む。 来年の頭にはプロットを考えて二月には書きはじめる。 書くことに対するアプローチを五年以内に変えたいと考えている。 そう考えた理由のひとつはストアへの適性のなさで、 もうひとつは書くものがある程度の規模になると企業の資本が入らねばどうにもならないと痛感したことだ。 三百枚なら校正・校閲なしでもごまかせる。 六百枚ではそうもいかない。 そしてこれからは八百枚や千二百枚を書いていかねばならない。 『ぼっちの帝国』 の連載はプロとしての仕事ができるかどうかの個人的な試験だった。 単純に書く技能だけでいえば問題ないようだ。 企業から仕事を請けるには当然それだけでは足りない。 だからこそ別の道を模索してきたがそろそろ残りの人生も考えねばならぬ歳だ。 生きるための最低限の自己肯定感を得るにはこれまでのやり方ではだめだ。 かといって別にいまさらプロを目指すとかそんな話ではない。 まだ答えは見えていない。 五年後には違う自分になっていたいというだけだ。
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