書くことはそこにいないこと

ウェブサイトに手を入れたOGPはプラグインを使わずに設定しているこれまではヘッダに直接PHPを書いていたカテゴリとタグのOGPを出す方法もわからなかった苦心惨憺してどうにか解決しついでにfunctions.phpに記述を移したいや解決したというのはいいすぎだったカテゴリは指定した画像と要約文ではなく最新記事の画像と要約文が表示されるタグは要約文はなぜか出るが画像はやはり最新記事のものだ実用上機能して見えるだけで本当に正しく機能しているのか大いに怪しいそれでもウェブサイト全体で共通のOGPしか出せなかったこれまでと較べれば大きな進歩だ強迫神経症のようにプラグインを避けたがるひともいるようだがおれはこだわらない使えるものはなんでも使うただし望む用途にピンポイントで対応しているプラグインは少ない無駄な機能が多すぎて使いものにならなかったりするなのでやむをえずぐぐりまくってPHPをコピペしたり闇雲に改変したりして試行錯誤するはめになるAjaxのちょっといいメールフォームの作例を見つけたのでコピペした以前はプラグインでやっていたが重すぎた届くメールも詐欺師ならまだいい部類でストーカーやら脅迫者やらばかりだったサイトは日に十人も閲覧すればいいほうだし本だって売れたためしがないなのになぜ悪意ばかりが列をなして押し寄せるのかこの無名人をいじめるとおもしろいぞというリストが悪人たちのあいだで回覧されているのかもしれないそうなるとわかっていてなぜメールフォームを再掲したかといえば単にやってみたかったからだウェブで見つけた作例を試したかったああいった記事を書いて無償で公開している方々を尊敬するなかにはよそからコピペしてきたものを小遣い稼ぎのために並べている輩もいるようだがそういうのは見ればわかるしかしインターネットではおそらくそのほうがわかりやすいと喜ばれて実際に小遣い稼ぎになったりするのだろうどうも現代の社会には馴染めない音楽にしても本にしても古いもののほうが性にあう最近は60年代のストーンズばかり聴いているより正確にいえばMONO BOXだ15枚組を朝起きて仕事に出る支度をしながら聴き出勤中に聴き帰宅中に聴き寝る前に聴いている他人に知られたら危ないやつだと思われるくらい本当にそればかり聴いているなぜこんなことになったのかきっかけはBeatlesのホワイトアルバムだあの不自然にドーピングされたような醜いリマスター盤には悪い意味で驚かされたCGで肉体をムキムキマッチョマンにすげ替えられた四人が見えるような気がした同時期に発売されたベガーズバンケットのリマスターは対照的にすごくよくてなんだこれとずっと気になっていたボブ・ラドウィッグという技師の仕事だったこのひとがリマスターしたMONO BOXをSpotifyで見つけて聴いたらすごくかっこいい音だったこれまで親しんだ92年の廉価版とは大違いだその廉価版だってけっして悪くはない2009年のリマスター盤に較べたらそのリマスター盤をSpotifyで試しに聴いてみたらくだんのホワイトアルバムと同傾向の音だったあんな音ではじめて出逢ったら好きにはならなかった考えてみればジャズがかっこいいのはルディ・ヴァン・ゲルダーの音がかっこいいのであって音楽とはそういうものなのかもしれない幸いジャズはRVGが死ぬ前にリマスター音源を残してくれたのでSpotifyでも愉しめるジャズの音はヴァイナルからストリーミングにひとりの偏屈爺さんの偉業のおかげで引き継がれたわけだロックはどうもそうならないらしいMONO BOXはデッカ時代まで彼らが自主レーベルを興してからの作品はストリーミングでは新しいリマスターのしかない試しにちょっと聴いてみたら現ブルーノート社長がリマスターしたやつは2009年のやつよりほんの少しだけましだったでもやっぱりCGでつくられたムキムキマッチョマンが不自然な笑顔で筋肉を照り光らせて演奏している94年のヴァージン・レーベルから出た盤はボブ・ラドウィッグがリマスターしているらしいおれのなかではもはや神のような名前となったのでそれを聴いてみたいデジタル化されればコンテンツ文化は永遠に継承されるのかと思っていたどうもそうはならないらしい権利者が望めばもしかしたらという程度だしかも権利者がたまたまそのときそういう気分だったかたちでのみ遺されるそれは本来の作品のありようとはかけ離れている少なくとも自分が生きているあいだだけは好きな作品を好きなように楽しみたいそのためにはたとえば94年のCDを中古屋で発掘するしかないわけだが残念ながらCDやDVDの寿命は二十年から三十年といわれているポリカーボネートが加水分解したり不充分なアルミ蒸着の隙間に水分が入ってかびたりするらしいつまり94年のボブ・ラドウィッグの仕事を味わうにはいましかないいま購入してリッピングすればしばらくは楽しめるはずだそれも権利者の都合でデコーダの利用が禁じられるまでの話でそうなりそうになったらまた別の形式に変換して寿命を延ばすしかないまったくなんて世の中だろう子どもの頃は読みたかった本はいつか大人になって金に余裕ができれば読めるものだと思っていた子どもの頃に読みたかった本はもうこの世に存在しない運がよければ図書館に保管されているがそれも収蔵能力との相談になるだれも借りなければどんなに価値のある本でも処分される評価の定まった古典でさえそうなのだ新しい傑作が読まれるわけがないだれも読まなければその本は消えてなくなる遺したければ読んで広めろおれはそうしているだから本のつながりなんて機能をサイトに実装しているわけだ。 『ぼっちの帝国のつづきだってそうだ読んで広めれば書かれるかもしれないだれも読まなければあれきりで終わるかもしれない