Huluで 『恋とニュースのつくり方』 を見ました。 探偵小説のプロットがさまざまに転用可能であるのと同じように、 古典的なスクリューボール・コメディも応用が利くものなんですね。 危機に陥り、 エスカレートし、 葛藤して、 転機から畳みかける。 ハリソン・フォードの演技がキュートでした。
しかしよく考えるとこれ、 報道の英雄が小娘のいいなりになって番組でふわふわオムレツをつくらされる話なんですよね。 そしてそれが視聴者の求める報道だと言い切っている。 「内戦や飢餓を報じるためには道化にならねばならない」 とも言っていて、 実際にハリソン・フォードが見返りとして不正を報じてはいますが、 視聴者が喜んだのは 「権力者が転落する瞬間が電波に乗る」 という珍事においてにすぎません。
ではなぜ高名なジャーナリストが、 小娘に貶められる道を選ぶかといえば、 現実の娘との関係を悔やんだからです。 余生ともいえる仕事で擬似的にやり直そうとした。 いわば弱みにつけ込まれたのです。 彼には料理の特技があるからまだよかった。 そうでなければ何をさせられていたかわかりません。 現に直腸を内側から撮られる打診をされていて、 それが幸福な結末ということになっている。
作中で直腸と同次元のネタとして語られるトランプ氏は昨年、 大統領に選ばれました。 皮肉が皮肉として成立しない時代にわたしたちは生きています。 この映画はさほどヒットしなかったそうです。 芸能人の前世に最大の報道価値を見いだし、 辞書をプレゼントされる側に多くの観客がいたからでしょう。
