まちがった客層にしか届いていない。 Kindleストア自体の客層が合わないのが大きな理由のひとつで、 それについてはコンテンツの拡充によっていずれ改善されると期待している。 でもそれだけではなくたとえば商品説明で誤解させている面もあるのだろう。 こちらの見せ方で変えられる部分もあるはずだ。 そう信じなければ。 嘆くだけではだめだ。 向上したい。 十年やってきて装幀もepubもPODもWordPressも技術はかなり向上した。 売ることだけがうまくやれていない。 適切な客層を見出してそこへ到達することさえできれば。 依然として関連商品にゴミばかり表示され、 低評価がつくということはまちがった客層に届いているということだ。 ゴミを好む連中から低評価を受けるなら高品質という理屈になるが、 ストアの表示上はそうはならない。 ゴミ扱いになりゴミと関連づけられ、 ゴミ好きペド野郎の前に表示されて低評価を受ける。 悪循環だ。 自著の関連商品ではなく 「あんたにはこれがお似合いだ」 の決めつけ枠に暴力温泉芸者の新刊が表示された。 自主出版っぽかった。 あの手の芸風で売っている人物があの商品紹介を自分で書いたのか。 やはり成功する有名人は立ちまわりがうまい。 あるいは業者を雇ったのかもしれないけれど、 いずれにせよおなじことだ (翌日の追記:評論家のやっている個人レーベルで一応は法人であるらしい)。 ずるくなりたい。 自己宣伝だけがどうしてもだめだ。 嗤いものにされる結果にしかならない。 ソーシャルな能力が致命的に欠如している。 生まれつきの欠陥で努力だけではどうにもならない。 かといって諦める気にもなれない。 蔑まれるだけの人生には疲れた。 うまく立ちまわる健常者たちが怖ろしい。 アカウントを開設してあのような場であのようにうまく立ちまわる技能が。 それを身につけなければ先はない。 しかしあのような、 卑劣な人間が器用に立ちまわり、 それ以外の人間性が貶められる場でうまくやる才覚はない。 なくとも身につけなければ。 と思うけれどもメンタルが耐えられない。 別にあの場でなくともほかに場があればいいのだがどこにも適応できない。 できるのであればいまこのような扱いを受けこのような文章を書いてはいない。 いちばんいいのはAmazonに最適化されることだがそれが難しいのでよそを探すしかない。 コンテンツの拡充が進めばと期待したがよく考えたらそれも望み薄だ。 これまでが長すぎた。 すでに方向性ができあがっている。 ときどきUIを変えたりしてリセットしようとはしているようだけれども根本的な変化にはならない。 いまだにKindleの主な客層は小説を読んだことのないペドアニメ好き男性でしかない。 そしてやっぱり関連付けそのものがおかしいままだ。 顧客の嗜好を一顧だにしない商品を一方的に売りつけようとしてくる。 膨大な時間をAmazonに好みを教える作業に費やしているにもかかわらずこれだから、 そうでない一般の顧客はもっとひどいものを見せられているはずだ。 そして彼らにとっては見せられたものこそが全世界なのだろうから、 そこから選択することになり、 Amazonとしてはそれで商売が成り立つから困らないのだろう。 しかしそういう商売をつづけられてはいずれ読書とはつまらないものだということになり文化が滅びる。 別にAmazonのせいではなくインターネットそのものがそうしたものだし、 それ以上に日本の出版業界がそういう商売をしてきたツケでこうなった。 安易な商売が文化を滅ぼしたのだ。 出版業界がこの二十年、 読者を育てる努力を怠ってきたのと電子化のための整備に時間をかけすぎたのがいけない。 契約の習慣がない口約束文化に乗っかって著者を搾取してきたところに、 黒船来航で世の中が一変したのだから手間取るのもむりはないが⋯⋯。 まぁ読書文化なんて滅びてもだれも困らないしな。 あの場で大人気だという数ページの漫画をつい見てしまったら壮絶につまらなくて愕然とした。 つまらないものでなければ評価されない世の中なのだ。 つまらなくて数秒で読めるくらい短い、 というのが人気の秘訣で、 それと逆であればゴミ扱いされる。 インターネット自体の客層がもうそういうものなのだ。 そういう客だけとは思えない。 どこかには適切な客層があるはずだと信じ、 その架空の客層に到達する努力をしていたのだが客を選ぶと売れない。 今月の売上は二百円だ。 そもそもおれに居場所などあるはずがない。 生きるのに向いていない。 何をどれだけ努力してもむだだ。 せっかくの休日だというのに何も書く気になれず 『瀕死の双六問屋』 を読みかえす以外に何もしていない。 別に忌野清志郎のファンではない。 手元にその本しかないだけだ。 清志郎は化粧をして髪を逆立てバンドメンバーを入れ替えロックに転向し舞台で派手な言動をするようになるまで売れなかったのだそうだ。 おれが子どもの頃にはすでに教授とデュエットしていたのでそれ以前から有名なのだと思い込んでいた。 あれで人気が出たとは。 子どもというのはずっと以前から進行しているゲームに途中から参加させられるからそのとき流行っているものはずっと前から権威なのだと思い込む。 だからいまの若者がなおさら気の毒だ。 自分を効率よく搾取するだけのつまらないコンテンツをありがたがる。 成長の機会は得られない。 同調しない奴は寄ってたかって袋叩きだ。 そんな場でそんな客に喜ばれるべく化粧をして髪を逆立て派手な言動をせねばならない。 レーベル名のアカウントを作成し事務的なツイートをしたときは客の反応も鈍かったしスパム認定されて凍結された。 おれの性格の悪さを誇張した人物像を演じた時期がもっとも反応が大きかった。 やめたのは客層が悪かったからだ。 ひどく悪化していまだに戻らない。 しかし悪名は無名に勝るという。 またあれをやるべきかもしれない。 インターネットで喜ばれるコンテンツは結局のところわかりやすい 「キャラ」 であり短文であり中身のないつまらないものであり他人を貶める材料だ。 いやなやつが愚かしいことをやっていれば大勢が群がってきてそいつを話題にする。 またあれをやるのか? やるなら今度はだれに何を思われようが一顧だにしない。 おれはいやなやつだ。 だが書くものは一流だ。 理解しないおまえらが悪い。 知ったことか。
