正直 『西瓜糖の日々』 ほどにはピンときませんでした。 詩的な比喩でやたら遠回しに語られた実話なんじゃないかと感じました。 訳者あとがきにも似たような感想が書かれていたので、 事実はどうあれ、 作法としては実際そんな書き方がされているのだと思います。 退屈で何をいってるかよくわからないわりには妙な生々しさがあるんですよね、 その退屈さやわからなさ自体に。 女の子から気持が離れていく過程とか、 そのちっとも劇的じゃない感じがね。 ブローティガンの友だちが読んだら懐かしく感じたりするのかもしれない。 ああ、 あの頃おれらはこんなだったよなと。 当事者にとっての日常は他人にはシュールリアリスティックな詩のように思えるのかもしれません。 弾を込めていない銃で子どもを脅す友人はケルアック 『路上』 みたいだなと思いました。
